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Online Lecture 10 |
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| はじめに 2005年の初夏から、当研究室で行ってきた受託研究『埼玉県光照寺地蔵菩薩立像 調査研究及び修復』が2006年7月に完了した。ここに同像の調査・修復研究の成果を報告する。 同像は修復初期の過程で発見された胎内文書がきっかけとなり、埼玉県熊谷市や本庄市などで頻発していた仏像盗難事件に関連したものであることが判明した。 さいわい、同像の場合、転売先関係者や熊谷市教育委員会などのご理解とご協力を得て、円満に事態収拾にあたることができた。過去に盗難文化財がもとの安置場所に返還された例は稀で、こうした事例はきわめてめずらしいものであるといえる。 当研究室としては、文化財の盗難を未然に防ぐ意味からも、市町村レベルでの文化財保護の取り組みを強く促す必要性を感じており、今後、各寺院、各教育委員会、文化庁、警察、美術商や仏具商各団体および修復業者などと連携し、盗難文化財の情報を確認しあえるシステムを構築する方向性を提言したいと考える。 |
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| 研究目的:江戸時代作仏像・彫刻の技法・構造・造形・修復理念等を明らかにし、大仏師法橋助教の作例と基礎資料を作成する 研究修復施工者:東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学 保存修復彫刻研究室 研究修復施工協力者:東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学 保存科学研究室 籔内佐斗司工房 彩色スタッフ 研究内容:光照寺地蔵菩薩立像の調査・研究を行い、保存状態及び現状について記録を作成するとともに、制作技法等について明らかにする。また保存のため所要の表面クリーニング、ゆるんだ部材の適宜修復を行う。 |
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| 本像について 名 称 : 地蔵菩薩立像 員 数 : 一躯 所蔵者 : 宗教法人 常光院 埼玉県 所 蔵 : 醫王山瑠璃院 光照寺 所 在 : 埼玉県 指定文化財の種別:なし 制作年代: 室町時代 制作者 : 不明 修復暦 : 江戸時代(元禄四年)に大きく改変修復あり 修復者/大仏師法橋助教 概 要 : 胎内に納められた墨書きの銘文に「元禄四辛未歳六月十一日」「今井村 地蔵菩薩供養人数」の発願によって「江戸中橋 大仏師法橋助教」が修復に携ったことが記されている。 法量 総 高 190.0 cm(以下全てcm) 像 高 125.0 像 幅 38.0 像 奥 38.0 台座高 44.0 台座幅 74.2 台座奥 61.5 光背高 154.5 光背幅 53.3 光背奥 22.0 錫杖高 126.0 錫杖幅 12.3 錫杖奥 4.8 形状 円頂。耳朶貫入、三道をあらわす。胸飾をつける。裙を履き、僧祇支をつけ、衲衣を左肩から右肩に懸けて端を腹脇にはさむ。左手を屈臂して、掌上に宝珠をのせ、右手を斜め下方に曲げて錫杖の柄を握る。両足を揃え、蓮華座上に立つ。 品質構造 本体は、桧材とおもわれる針葉樹による割矧ぎ法(江戸修理材は小材の矧ぎ寄せとする)で造られる。 頭部材と体幹部材は別材製で、挿首とする。 頭部は、頭頂やや後方から耳後ろを通る線で前後に割り矧ぎ、内刳りを施す。さらに、面部を割り離して内刳りを広げ、玉眼を嵌入する。 右頬から顎にかかる矧ぎ目部分に、薄い別材を挟む。矧ぎ目の上部3ヶ所と下部2ヶ所を竹釘で固定する。首ホゾはやや肉厚を残した内刳りを施し、三道下で挿首とする。 主要体幹部材は室町時代当初のものとおもわれる。正中線と両腕後側を通る線で、左右前後に四材を田の字型に割り離し、大きく内刳りを施す。 内刳り部分には、前後材をそれぞれ固定するためのホゾ穴を造る。さらに、それらを挟み込むように別材の側面材を矧ぎ寄せるが、江戸時代の大修理によって施された変則的な小材による寄せ木が像全体を包み込む。両手両足先を別材で造り、それぞれ別材の丸ホゾで接合する。左掌に別材の宝珠を竹釘で固定する。両足裏に別材製の足ホゾを設ける。 彩色の下地は、全面麻布貼りの上に錆漆下地とする。 |
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| 保存状態 体幹部材全体の接着に用いられている矧ぎ面の膠の効力が著しく衰えており、今にも全体が分解し得る状態にある。挿首接合部分の損傷が激しく、緩みが著しい。 左耳朶後方に傷痕。右肩上部に見られる材の矧ぎ目に緩みを認める。右手首接合部分は不正確に修理が施されており、形状のつながりを欠く。右手第五指先を欠失する。 右手下方の衣前部分に傷痕を認める。さらに多くの鉄釘・鎹が酸化によって断裂しその効力を失う。 その他、後補彩色の層状剥落が著しい。錫杖は内側の突出部分を欠失する。全体に多くの埃と煤が付着する。宝珠・錫杖、台座・光背は江戸時代の後補。 |
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| 光照寺現地調査の様子 2005年1月20日・22日の二日間で光照寺の現地調査を行った。 一日目、住職、檀家総代、熊谷市教育委員会関係者の立ち会いの下、本像が盗難品であるかの確認を行った。しかし、盗難に遭った仏像の写真が全くなく、また普段は厨子の中に納められ殆ど人目に触れることがなかった像は兼務住職(常光院)や付近の住民の記憶にも残っておらず、この場において本像が盗難品であることを直ちに確認できなかった。したがって、厨子内部に残されていた框隅脚の痕跡を計測し写真撮影を行って、台座との照合に役立てることとした。 |
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| 二日目、本像の台座・光背を持って光照寺へ行き、住職、熊谷市教育委員会関係者ら立ち会いの下、厨子内の痕跡と本像台座の框隅脚を照合した。これらが完全に一致することを確認し、この時を以て熊谷市教育委員会への通報とした。本像が盗難品であることが証明され、事態の収拾に向けて大きく動き始めた瞬間である。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| X線写真の撮影 修復処置を行う前に、X線写真の撮影を行った。これによって鎹・鉄釘の位置や納入品の有無を確認することができる。また、木材の寄せ方や木目の方向などをあらかじめ知るためには欠かすことのできない行程である。 今回の撮影では、本像の大まかな木組みやホゾの位置、数多く打ち込まれている鉄釘や鎹が明確に撮影された。細かい木材が変則的に用いられていることも興味深い。 しかし、後述する胎内文書については、その納入場所や品質などの条件により、この時点では確認できなかった。 |
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本像の修復について
●修復方針 全解体修復。基本的に現状維持修復とする。 本像には、室町時代像と江戸時代法橋助教像の二姿を認めるため、どちらが本像の尊容として妥当であるかが修復方針を決める上で大きな焦点となった。修復委員会においては数々の修復方針案が提出され、様々な視点から議論を重ねた。その結果、以下の見解に到達する。 本研究を遂行するうえで第一に尊重しなければならないことは、本像が寺院所蔵像であり、礼拝対象として機能していることである。本像はある事由によって一時的に本来の安置場所から望まざる移動が行われたが、保存修復の見地により、その直前の姿に戻すことが自然なありかたであると考えられる。 すなわち本研究修復では、法橋助教像を優先することが、最も本像のための修復であるとの認識に至った。 ●解体 接着に用いられている矧ぎ面の膠の効力が著しく衰えており、今にも全体が分解し得る状態にあるため、一度全体の部材の解体を行い、古い膠の除去を行った。古膠は、ぬるま湯で緩めて除去した。また木材に対する酸化鉄の侵食を防ぐため、各部材に残る古釘と鎹の錆びを全て除去した。 この解体作業中に発見されたのが下図に示す胎内文書である。右足部材を外したところ、大きく内刳られた体幹部から、埃や木の削りカスとともに文書が姿を表した。内刳り面に固定されることはなく、雑然と胎内に投げ入れられたかのようでもあった。しかし、この文書に記された内容によって、本像の運命が大きく変わることとなる。 |
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| ●解体写真 非常に多くの部材で構成されているが、当初材は明快な技法で造られていることがわかる。 |
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●各部材の組上げ 薄い板材や細かい材を組上げていく。矧ぎ面の接着は、主に麦漆を使用した点付けで行った。 |
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●補作
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●胎内文書・修復記録の納入
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2. 矧ぎ目や小さな欠損部分の成形 解体後、麦漆の点付けで接着した部分に隙間が見られるため、漆木屎を充填して補強した。漆木屎は、主材としてタブ粉を使用した。モデリングし易く、確実に固まるための配合を心掛けた。 タブ粉は、通称「特製本粉」、「支那粉」、「タブの葉粉」の三種類を準備し、粘りや乾燥後の縮みなどの比較を行った。結果として「特製本粉」が最も作業性に優れていたため、今回の主材として選択した。 まず、タブ粉を温水で練り、適度な粘りが出たところで漆を少しずつ練り入れていく。比率は、タブ粉1:温水1 で練り上がった温水練りタブ粉3:漆1とした。温水練りタブ粉に漆を練り入れた後、桧の挽き粉を使い易い硬さになるまで練り入れる。漆の量は、基本的に温水練りタブ粉3に対して1としたが、材の隙間に埋めていくような強度を必要とする際は比較的多めにした。 また、成形作業が進むにつれて漆の量を適宜調整することも心掛けた。漆木屎の修復作業を進めることと並行して、タブ粉だけでなく杉粉による漆木屎の作成も試みたが、タブ粉ほどの適度な粘りと使用感の良さが無かったため、今回の修復での使用は避けた。漆木屎で成形を行った箇所は、次頁の図に示す。 |
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3. 布着せ 麻布は、江戸時代の大修復時に使用されていたものをサンプリングし、それに最も近いと思われるものを準備した。麻布の接着には、上新粉を使用した糊漆を使用した。非常に織り目の細かい麻布であったため、麻布に糊漆が染み込むように漆に対する糊の割合を変化させたもので実験を行った。その結果、漆を混ぜる比率は、糊3:漆2とすることが最も適する配合であった。布が重なって段差ができた部分はサンドペーパーで研いで成形した。 |
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| ●古色彩色 修復前の状態に近付けるよう古色彩色を施した。肉親部は胡粉を基調とし、天然顔料を膠で溶いて使用する。 |
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●台座 本像の台座は、今後の保存に耐え得る強度を保っていると判断したため、主にクリーニング処置と剥 落止めが主体となった。 |
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●持物 宝珠、錫杖のクリーニングには、1:1濃度のエタノール精製水を使用した。宝珠底部に付着する接着剤は、水に浸した布を1時間程底塗布し、柔らかくした後、竹箆を使用して除去した。 欠失する内側の突出部分と柄は良質な檜材を用いて新補した。
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●光背 柔らかい刷毛を用いて1:1のエタノール精製水によりクリーニングを行った。1:1濃度のエタノール精製水をレーヨン紙に浸して、汚れを緩ませた後、脱脂綿を巻きつけた竹串で拭き取った。
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●瓔珞(胸飾り) 主にアンモニア水0.04%濃度を使用してクリーニングを行った。 |
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●修復委員会等履歴 2005年5月19日(木)第一回修復委員会会議(修復方針会議) 2005年9月30日(金)第二回修復委員会会議(修復方針会議) 2005年11月4日(金)納入品修復記録受け取り 2005年11月17日(木)修復研究室へ移動 2006年2月23日(木)進捗状況報告会 2006年3月16日(木)第三回修復委員会会議(古色彩色会議) 2006年3月28日(火)本受託研究期間延長届け提出 2006年5月10日(水)進捗状況確認会議 2006年5月24日(水)第四回修復委員会会議(最終確認会議) 2006年6月 修復作業完了 2006年7月6日(木)研究成果報告内覧会/東京芸術大学保存修復彫刻研究室にて 2006年7月30日(日)運搬安置作業 法橋助教について 1.はじめに |
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後記 本研究および本修復事業を履行するにあたり、多くの方々から助言や励ましのお言葉を頂戴いたしました。ここに改めまして御礼申し上げますと共に、皆々様からのご指導ご叱声を仰いで、さらなる研鑽を積んでいきたいと存じます。 |
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