| 共同研究者:東京藝術大学美術学部工芸科 長谷川克義 : (株)キャドセンター 山田修 協 力: 茨城県文化財保護審議会委員 後藤道雄 :東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学保存彫刻研究室 |
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| 1.はじめに 茨城県西光院の本尊である木造阿弥陀如来像は、平成16年東北大学の調査で同県水府阿弥陀堂に安置された鉄造阿弥陀如来立像の原型木型であることが確認された。鉄仏の原型が発見された例は今までになく、しかも水府の阿弥陀のように、鉄造で像高160cmを越える像は稀である。我が国で鉄仏は主に鎌倉、室町にかけて多く作られたが、中央の金銅仏とは異なり、入手しやすさも手伝ってか、どちらかというと鉄仏は地方に多い。 鉄は銅よりも融点が高く、冷えると硬く加工しにくい金属である為、当時の技術では補えなかった面がいくつも見られる。仕上げをされないバリや、型持ち、湯口跡等がそのままの状態で残っている。しかし、それは逆に、当時の鋳鉄鋳造の技法を知る貴重な資料を、今日の私たちに残してくれている。 今回、東京芸術大学大学院文化財保存学保存彫刻研究室とキャドセンターの協力で進めている、3D計測による形状データ画像をもとに、様々な方向から観察し木型による鉄仏鋳造技法を考察した。 |
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2.3Dデータを利用した鉄仏造像調査 鉄仏の鋳造も青銅仏と変わらず、日本古来から行われてきた、真土による鋳造法である。通常、大型の鋳造物は塑像による原型とし、中子は型を取った後その中子を削った塑像の削り中子とされるが、鋳鉄の場合の中子は特に通気性が必要なため、中子砂を用いて新規に中子を作る。この木造阿弥陀立像が鉄仏の原型を目的として作られたかは定かではないが、原型にしては作りが良い為現存していたとも考えられる。 まず、原型から真土と呼ばれる鋳物砂と粘土で外型をとる。この時注意をするのが『型の見切り』である。鋳型は、原型を損ねず取り外す必要がある。そこで、型が抜ける「抜け勾配」の位置を見極めなければならない。この像の場合、耳の後より体側に沿って1cm強の巾のバリが見られることから、前後に分けられていたことが分かる。 見切り線から半分を押台に固定し、片面の型を作るのであるが、すでに記したように外型が原型を損ねず抜けてくれなければならない。そこで3D計測により得られた断面図を検証した。 |
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| このように3Dで得た断面図で、寄せの状態を容易に想定し、図化することが可能である。また断層面を、重ね合わせることで原型との形状変化を容易に見ることが出来る。 断面から木、鉄仏の横幅を算出し割ってみると以下のような数値になった。顔の部分は約4%、胸の辺では1%、その他は約2%の増加となった。本来鋳物は金属の硬化とともに収縮を起こすはずである。 |
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さらに詳細な位置関係で比較したところ、頭頂部から足までの数値は次のようになる。 |
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鉄を鋳込んだ場合、1mあたりの収縮は8〜10mmとされ、この縦の数値の場合1mあたり11.4mmとなり、鉄の収縮率とほぼ一致する。
口、ひだの同一対応個所(括弧内は増加率)で計測した数値は次のようになった。 |
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| 鉄仏の裾付近に水平な割れが入っているが、これは湯を鋳注いだ線と思われる。このことからこの像は頭真下にして鋳込まれた考える。164cmもの大きな像にいっきに湯を流し込んだと見えて、その圧に耐え切れず型の合わせ目が開いた結果、1cm強のバリができ、横に関して数値的に本来減少するはずのものが増加を生んでしまったと推測される。そのバリ(増加した部分)の数値に注目すると、いずれも約10mmの増加が見られる。10mmのバリで安定し硬化したということは、バリを削った場合、像本来の数値は同じ数値だけ収縮していると考えられる。 手先は別鋳であるが、木彫仏のものと形を異することから後補と思われる。鉄仏の耳朶の形、顔の表情にも違いを感じる。木彫仏は鋳込まれた後、耳朶を含む首回りを彫り直したのではないかと推測した。口の位置、顎の位置の顔前面部のラインを比較したところ、わずかに木造仏のほうが内側に入っているのがわかる。(他の位置の比較では、バリの部分を除けば、ラインはほぼ一致した。)側面のラインの首の部分の減りと、このことから彫り直された可能性も考えられる。 |
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今回のように、大型の鉄仏で且つ中子の土が入ったままの状態や、移動が困難なケースの場合、3Dデータで得られる画像や数値によって調査の巾が広がることは明確になったといえる。 |
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調査にあたり御協力ご指導頂いた、茨城県立歴史館学芸員、茨城県文化財保護審議会委員/後藤道雄先生に御礼申し上げます。 |
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